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【 歌は語る 】
 


        

        楽曲  山の歌    久保田宵二(しょうじ) 作詞  /  長谷川良夫 作曲

 

 

        暑いという漢字より熱いが当てられそうな今日この頃。

        大雨台風土砂崩れ、その一か月前には地震も。

        今は列島熱気でおおわれ、天空には火星が耀く。

        米国では山火事がしきりに起き、広がる。

        この地ではこのことからは恐れ、逃れられてはいますがなにやらざわつく
        今日この頃です。

 

        2016年「自然に親しむ機会を得て山の恩恵に感謝する」国民の祝日に
        8/11は制定されました。

 

        是非ご紹介したいと思ったのは、♪・・・・・・燕、乗鞍、八ヶ岳、登るは穂高、立山か・・・
        という曲なのですが。

        どなたかご存知ではございませんか。

        いつかも「では次回に」とご紹介曲を隠していますが、今回も何やらそんなことに
        なりました。

        お楽しみはこれからだ!

 

         山の歌」

        今は1番も2番も♪みねをさして、さ、のぼれ。

        「子どもたち、夏休み?こんなひとときを」とでもいうかのようです。



        友人から一枚の写真付きはがきが届きました。

        70歳二人、76歳ひとりの女性3人組、若い男性ガイドと共に5日間かけての 
        北アルプス剣岳を堪能したと。

        青空とごつごつ磐の緑色の山をバックに仲良く肩を組み、それぞれ黄、赤、青の上着に、
        
おそろいのように赤鉢巻の様なリボンをまいた
つばピロ帽子すがた。

        にっこにこ。

        ~~ 長い厳しい闘いでしたが下山時はみんな嬉しくて笑顔です。 ~~

 

        「山の日」

        思いめぐる日です。











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        楽曲   海のむこう     北原白秋  詩    山本 博 作曲

  

 

         白秋は1885年(M18)1/25に生を受け、九州は柳川に育ち、

        1942年(S17)11/2に東京でなくなりました。 57歳。

 

         その地方一番というくらいの江戸時代以来栄えた商家のトンカジョン

        (お利口なお坊っちゃん、いいとこのお坊ちゃんの意の柳川弁)。

 

         1901年(M34)大火によって北原家は全焼し、家産が傾き始めたと。

 

         1889年頃より詩歌に熱中した白秋は、父に無断で早稲田大学英文科予科

        に入学、上京。 そして・・・・・・云々。

 

 

          北原白秋の職業欄には詩人、童謡作家、歌人と書かれています。

 

          どの作品また文章的なものから受け取るのは「どろどろ」で無く、生きる、

        いきている、キラキラ、色彩感。

 

          実生活、人間関係が「どろどろ」でも作品となると底流に流れているのは

        それではない。

 

          生まれ故郷から離れての生活であっても、生涯「故郷愛」を持ち続けて

        いたことからも、幼き頃の「育ち」が人の根なのかと。

 

 

          「帰去来」という歌が白秋のふるさと柳河の白秋祭(11/1,2,3)では

        歌われています。

 

          子供から大人、 まさに老若男女がこぞって歌い、町中が、白秋の、

        柳川に生を受け育ったことを記念しています。

 

          この 「帰去来」しみじみの歌、「望郷」満載です。



          多忙を極めた創作活動によって眼底出血そしてほぼ失明状態

        そして亡くなるという前年、昭和16年の作品です。



          この詩はいつかご紹介することとし、今回は「海のむこう」

  

          この詩に曲を付けた方は何人かいらっしゃいますが、山本博という方の

        作品が筆者勝手乍らお気に入り。

 

          詩そのままでなく何カ所か繰り返しがあったりの変化はしてしまって

        いますが。  



          児童文芸雑誌「赤い鳥」発刊の鈴木三重吉の第一の協力者でもあった北原白秋。

  

          その号に載せた詩です。



          今年は童謡誕生100周年でもあります。



          そして7月1日は童謡の日です





                         


                         










    楽曲 白い花の咲くころ  寺尾智沙 作詞 / 田村しげる 作曲

    

    昭和25年、小樽出身、音大卒の歌手岡本敦郎(おかもとあつお)の

    デビュー曲、「白い花の咲くころ」。
     

    今もって、白い花は何の花か特定できないそうです。
     

    6月と言えば梅雨。
      

    「城ヶ島の雨」「雨」「あめふり」と言う具合に北原白秋、
    
    雨に歌う……の作品群に思い触れます。
    

    その氏の作品に「♪カラタチの花が咲いたよ、白い白い花が咲いたよ」

    と歌いだす「からたちの花」があります。



    「からたちの花」の作曲者、山田耕筰の若き頃を題材に作詞されたと

    いうこの作品ですが、白い花からたちは、
関東での花の時期は今6月よりは

    少し前のことになりましょうが、もしやこれが歌われた白い花か、     

    果たして、この歌の白い花はカラタチか。


    どんな白い花に触発されたのでしょう、広島生まれの寺尾智沙様。


    あなたがこの詩を作られたその時ご覧になった白い花は……

    コブシ、ヤマボウシ、ニセアカシヤか、ハクモクレン、それともウノハナ、

    ヒメシャラ、ノバラや如何に。


    お一人お一人心の中にお持ちの白い花の中に、そして白い雲にも、

    白い月にも、思い出のあの人が、故郷が、歌われます。


    お一人お一人、心の中にお持ちの白い花。


    そうです、それが ♪あの白い花だよ。






                  





 




    
    楽曲  旅人の歌     福田三岐夫 作詞   ベートーベン 作曲


      ベートーベンが福田さんの詩に曲をつけたとは、よもや思われますまい。

      福田さんには失礼ながら。

      福田三岐夫さんはたくさん作詞をしていらっしゃいますし、

      あーっと声を出すであろう、あの曲この曲に歌詞をのせていらっしゃる方です。

      で、この「旅人の歌」、歌いながら、この時節の歌であったのではと手に取る。



           「高校生の歌集1963」の88より

           1.木の葉は枯れ落ち 肌さす風 寂しき旅路を さすらい行けば
             
             かなたの野山は 夕日に映えて 紅萌えたち 夕べは厳か

           2.荒波乗り越え 嵐を押して 果てなき旅路を さすらい行けば
             
             緑濃き島は 波間にかすみ 南の海辺は 夕べは麗し



      受験の季節を終え、希望に燃え立つ緑待ちつつも未来は不透明、

      そんな中にあってもひと日の幸に満ちた、夕べは麗し。

      これが筆者の解釈でした。


      1800年すこし超えたころ、若かりしベートーベンはゲーテの詩に曲を

      つけたのでした。

      ゲーテの詩では「マルモッテ」という小動物を調教し、それを操り、

      なんとか食べ物にありつきながら、あっちこっち旅する旅芸人の少年を

      歌ったのだそうです。

      原題はよって「マルモッテ。」

      ゲーテ作品のその一部分をちょっとご案内いたしましょう。

      ドイツ語からの訳です。


            ♪ わたくしは今までたくさんの国々を旅してきましたよ
              マーモットといっしょに
              そしていつでもおまんまは見つけてきましたよ
              マーモットといっしょに
              一緒にこちら、一緒にあちら
              マーモットといっしょに


      歌われることから、今は曲の方がピアノやバイオリンで奏でられることの方が

      多いそうです。











      楽曲 仲よし小道    三苫やすし 作詞  河村光陽 作曲


     なんでしょ、この歌。
     聴いても、歌っても、むねきゅん なのですが。

     歌と共に描かれているのは菜の花の咲く小道を、
     ランドセルしょって、走るように歩く小学生。
      
     男の子と女の子です。

     入学したての1年生でしょうか。

     「草履袋」とよばれた「上履き入れ」を手にしています。

     歌に描かれる風景が、一つ一つ懐かしく、しみじみいたします。

     こういう風景の中にあった幼少時代。

     また、こういう風景があるという時代。

     『「偉い人」はきれいな美しい情景の中で育っていた。』と
     語られていた偉い方があります。

     分かるような気がいたします。

     仲よし、小道、とんとん板橋、元気よく、にこにこ、日暮れ、
     母様、お手々をふりふり さようなら

     いいなぁ。

     忘れずにいる心と、忘れないでいたい思い。

     作詞者 三苫やすし(1900-1949)  作曲者 河村光陽(1897-1946)
     ともに福岡県生まれ、教職にあられたとのこと。

     雑誌に投稿された詩に作曲者が目を留め、出来上がったとのこと。

     47抜きの「短調」に日本人の心情はとらえられます。

     河村氏は「かもめの水兵さん」「うれしいひなまつり」
     「りんごのひとりごと」ほか多くの方々の詩に
     曲を付けています。

     この曲をキングレコードで最初に歌ったのは、河村氏のお嬢さんの
     河村順子さんだそうです。




                




 


     楽曲 女ひとり   永 六輔 作詞  いずみたく 作曲

 
    春めいてまいりました。

    そうだ京都に行きたい。
    けど今、行こう!までに至らない。


    この歌の発表されたころ、

    「こんな風な着物着て、こんなところを訪れてみたい」と思ったことを
    思い出しました。

    実行なさった方は多かったらしく、着物ブームという時があったそうですね。

    歌いこまれた結城、大島、塩沢は、三大紬と並び称されるものですとな。

    帯もなかなかそれに合うものが選ばれていると。

    さすが永様。

    そして歌ったのがデューク・エイセスというコーラスグループでした。

    これもよしよし。


    三千院は天台宗、栂尾山高山寺(とがのをさん こうさんじ)と
  
  大覚寺(だいかくじ)は真言宗。
     

    大覚寺
では今年10/1から11/30まで60年に一度の
    戊戌開封会(つちのえいぬかいふうえ)という、
    嵯峨天皇が御納めなされた般若心経が特別公開されるそうです。
     
    中国の洞庭湖をかたどった大沢の池は名勝。かつまた、嵯峨御流と名する
    生け花発祥の花の寺。

    栂尾高山寺
は世界遺産。

    「鳥獣人物戯画」あり、日本でお茶が作られた初めての地と。


    
三千院の山号は「魚山(ぎょざん)」。

    貴人、仏教修行者の隠棲のちとして選ばれた大原の寺院。
    「魚山声明」、大原声明ともいわれるそうですが、かく称される仏教音楽の
    生まれたところ。

    女ひとり、日本の「はじめて」に触れ、かつ己の「元」を尋ね
    探ってみたい気が・・・・・・。

    気は大切なはじめなれど、貫く一念のほしいことよ。

    ああ京都。









 


   楽曲 「銀座の柳」   西条八十 作詞  中山晋平  作曲

   住まいのあるこの地の名所になりつつある河津桜が、今年はもう咲き過ぎて
   お祭りの頃は散っているのではないかと関係者は心配顔でした。

   何故かその祭り一歩手前で天候は一変、2/5からの河津桜祭りにはちょうど
   良い咲ごろとなりました。

   葉桜あり、開いたのあり、つぼみがいっぱい膨らんだのありと。

   取り合わせに植えられている菜の花も黄色くつぼみを見せています 。

   この天の配剤畏るべし。

   そんなことを思いつつ過ごしていたら
   「『昭和歌謡』が今( カラオケで歌う)ブームです」と高校生の友。

   へーー。

   平成も今年で終わるのだしと感慨にふけりました。

   そんな連想の流れに桜並木良し、柳の並木はなおのことよしよなーと。

   昭和歌謡によく歌われた柳の並木。

   「銀座の柳」は作詞も作曲も知れた方。

   今の銀座の柳たちは昭和の生まれとか。

   「ここに柳を」と提案したのは大阪堺から江戸幕府のために連れてこられた
   銀職人の方々とか。

   堺は市の木ともしているくらい柳の名所。

   「堺恋し」と職人がたの思いが東京銀座の地に柳を生えさせたのでした。

   よって蛇足ですが、「銀座の柳」はもとよりここが発祥ですが
   「銀座」は堺が発祥ということです。

   桜を見たり、柳を見たり、そんな季節がやってきます。

   本日節分、明日は立春。





















≪ 大人色ファンタジー展覧会Ⅱ 春麗 ≫ in 茶房ギャラリー楓
2010年03月26日(金) 14時~15時

 

春浅い頃の気温に戻った日となりましたが、
たくさんの方がお集まりくださり、
朗読の世界を共に作ることができました。

【 演目 】
平家物語~相模所縁の場面より~
狸の山門
白い椿の精

【 オカリナとご一緒に 】
♪青葉の笛
♪鎌倉


 


≪ 大人色ファンタジー展覧会 ≫ in 茶房ギャラリー楓
2009年06月19日(金)・20日(土) 14時~15時

   
縮緬細工の吊るし雛をお借りして、朗読会場も鈴音がファンタジックに飾りました。
【懐かしく 新しい】雰囲気を楽しんでいただけている様子を見て、こちらも気分が盛り上がります。 





演目: レラプス ・ かぶと虫 ・ ぬらりひょんのひみつ ・ 千代とまり
オカリナ演奏: アニーローリー ・ 眠りの精 ・ わかれ(お客様と合唱)



会の最後、オカリナとの合唱 ♪別れ が、しっとりと決まりました。 


朗読とオカリナ演奏の後は、茶房ギャラリー楓のメンズスタッフの手による豆腐ケーキの出番。


初日は45人分を用意していただきました。
「男の料理教室」メンズの手作りケーキとお茶のサービスは大好評!
レシピのコピーも見る見る内に無くなりました。

フレッシュレモンがさわやかな豆腐ケーキは、「真似して作ったわ~」と数人から伺いました。
素敵な出会いに感謝します。






<語坊【ユファン】とは>

鈴音の長女、布施泉が参加する朗読ユニット。

およそ20年前に朗読サークルで知り合いになった相山啓子と布施泉は、
各々朗読や音訳の勉強をしながら、小学校、保育園、高齢者施設などを
定期的に訪問していた。

笛の演奏集団ニュー・バイバーズとふたりのコラボレーションを機に
イベント出演が増えていく中、相山と布施にひとつの道が見えてくる。

<<土地々々に縁のある作品や民話を語り継いでいきたい>>

ふたり共通の想いが呼応しあい、
朗読ユニット「語坊」(ユファン)を2003年に結成。
ユニット名は、語る、言葉、処、学びの者などの意味をもつ言葉を組み合わせ、
響きを ーユファンー とした。



現在は、2004年から季節ごとに開催している朗読会を中心に活動するほか、
朗読習練希望者のための教室「この指とまれ」を月2回開いている。

朗読に合わせたオカリナ吹奏も好評で、聴く人の心を温かく和ませるふたりのステージは、
回を重ねる程にファンを増やしている。







相山啓子   布施泉


連絡先:TEL.090-9308-3829

定期朗読会
2月・5月・8月・11月 第3木曜日 13時50分より
根本荘ホール 潮音(しおね)(三浦市南下浦町上宮田1468)
会場:TEL.046-888-0658
















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